兵庫県穴栗市に拠点を置く「ミキモク」は1952年に創業した家具メーカーだ。“ミキ”は漢字の美樹(=美しい樹木)を由来としており、創業当初から木製品の製造・販売に力を入れてきた。同時に海外から外国人実習生を招いて日本の木工技術を習熟させ、タイ国内には大規模な生産工場も建設するなど、時代の先を見越した戦略を用いながら事業を拡大してきた。ここではそんな老舗家具メーカーが生み出した注目ブランド、「IKIKI(以下イキキ)」のブランドストーリーを紹介しよう。
家具メーカー「ミキモク」の創業
老舗の家具メーカーである「ミキモク」は、商社に勤めていた創業者がカッティングボードの生産から事業をスタート。通信販売全盛期の米国に販路を開拓し、ダイニングチェアやテーブルなどの製造・販売を生業にしてきた。
創業当初は兵庫県産の木材を使い、地産・地消を実践してきたが、現在はタイ国内に大規模な工場を建築し、企画・設計・デザインとメンテナンスを国内で行いながら、生産工程の大部分は国外で行っている。
今でこそ、国外に生産拠点を構える企業は少なくないが、「ミキモク」がタイに自社工場を建築したのは30年以上も前のこと。日系企業がほとんどいないような時代にタイへ進出すると同時に、実習生として現地の人々を招き、日本の加工技術を習熟させ、一人前の職人として育て上げるなど、人材への投資も惜しまなかった。
現在もタイの自社工場には100名もの職人が従事しており、中には20年以上の職歴を誇るという熟練工も少なくないという。
ちなみに、タイに工場を設立した理由のひとつは、現地で栽培されているラバーウッドを家具の素材として取り扱うためだったそうだ。
一般にゴムの樹として知られているラバーウッドは25年ほどで成木するが、ゴムの樹液を抽出した後は伐採されて廃棄されてしまう。
そこで、加工性の高いラバーウッドに着目し、家具製品へ採用しながら事業を拡大していった。
そんな老舗の家具メーカーがキャンプ用品に興味を示したのは、閉塞感のある家具業界を飛び出し、新たなジャンルへとチャレンジするためだ。
新たなる事業領域への挑戦
「家具業界の中で製品づくりをするだけでは面白くない。そこで自社の強みを活かしながら、新たなジャンルへ挑戦するためにイキキを立ち上げました」と語るのはプロジェクトを取りまとめる戸田さんだ。
ファニチャーブランドの「イキキ」は2019年に誕生。戸田さん自らが中心となり、家の中でも外でも使えるというコンセプトの下で製品を企画していった。
ブランド名は「中と外を行き来する」という言葉から「イキキ」と名付けられた。
“自分が欲しいものを作ってみよう”というスタンスで始まった企画は、外部のデザイナーと連携しながら試作を開始。
最初の作品は同ブランドの代表作でもある木製の「シェルフコンテナ」。キャンプ用のコンテナといえば金属製やプラスチック製ばかりで、当時から木製のコンテナは見当たらなかった。強度や製造面で木製のコンテナは商品化するのが難しいからだ。
それでも戸田さんは、デザイナーと協働しながら手探りで基本設計を構築。何度も試作を重ねていった。
最初のプロダクト「シェルフコンテナ」が生まれるまで
製品開発はけっしてスムーズではなく、初期の試作品は前面のパネルが襖のように横方向にしかスライドせず、ハンドルも細く持った際の安定感がなかったという。
試作品を重ねていくうちに、前面のパネルは持ち上げて外す方式になったが、2回目の試作では下側を広くしたことで、収納性が悪くなった。地面に差し込んで安定させるスパイクも短かったため、柔らかい場所だと埋まってしまうという結果に。
現在の形に近づいた3回目の試作品で、やっと現在と同じように上側を広くした形になる。この頃から錘を入れて落下させる試験を重ね、組み立てた際の各パーツの接合の形を見直していったという。
最終段階で、じつは木のホイールを取り付けた試作品も検討したが、土の凹凸の衝撃が吸収できずに断念。現在のベビーカーホイールメーカー製のものをオプションで装着できる方法を考えたという。
こうして試行錯誤を経て完成された「イキキ」のファーストプロダクトが「シェルフコンテナ」だ。
堅牢性を重視した上下のフレーム構造をベースに、4面ともに取り外し可能な側面パネルを組み合わせた「シェルフコンテナ」は、積み重ねても使うことができ、フィールドではコレクションの数々をディスプレイするためのシェルフとしても活用可能できる。さらに最大4台まで積み重ねても壊れないほど堅牢性が高いのが特徴になっている。
しかも4面のパネルはいずれも取り外し可能で、コンテナの中に収まらないような長尺物でもパネルを外して持ち運びできる。
「なにせ右も左もわからないまま立ち上げたブランドですから、認知してもらうまでに時間がかかりました。シェルフコンテナが徐々に浸透し、次いで完成したグランドチェアが注目されたことで、やっとスタート地点に立てたかな、という印象です」と、前出の戸田さんは語る。
【シェルフコンテナの試作品】
▲左からブランドネームも決定してない頃のモックアップ。前面のパネルが襖のように横方向にスライドする方式で全体の形も異なる。ハンドルも細く持った際の安定性がない。▲2回目のモックアップ。前面のパネルが持ち上げて外す方式になった。下側が広く収納性が悪い。地面に差し込んで安定させるスパイクが短く柔らかい場所だと埋まってしまう。▲現在の形に近づいた3回目のモックアップ。錘を入れ落下させる試験を行い、組み立ての際の各パーツの接合の形を見直していったもの。▲木のホイールを取り付けた4回目のモックアップ。土の凹凸の衝撃が吸収できず、後に現在のベビーカーホイールメーカー製のものに変わる。この時の樹種はメープル。
美しいいデザインが注目された「グランドチェア」の完成
もうひとつ、唯一無二のデザインを誇る代表作が、組み立て式チェアの「グランドチェア」だ。
2022グッドデザイン・ベスト100に選出されるなど、その美しさが高い評価を得ている「グランドチェア」も、いくつもの試作品を経て完成されたものである。
当初の試作品は現在のものよりずんぐりしており、シートも2つに別れていた。一般的な家具用金具を使用しており、現在のモデルと比較するとかなり重いものだったという。
このため専用の金具をデザインして30%ほど軽量化を実現。ところが、背もたれをピンで固定する単純な構造にしたため、強度面で不完全だった。強度面の課題解決に、開発チームは半年以上を費やすことになる。
その後、背もたれを筒状の専用金具で固定することで強度を確保したが、今度は組み立てたままで背を持つとシートが抜けてしまうという課題が残った。
最終的に背もたれの固定を独自にデザインしたスライド式の金具に変更。強度を高めると同時に、シートが外れないようになったことで、プロジェクトのゴールが見えてきた。
最後にユーザーが気持ちよく組み立てができるように微調整を加えて、やっと製品は完成した。
似たような製品が多いキャンピングチェアの中でも異色の存在であり、唯一無二のフォルムといえる「グランドチェア」は、こうして完成したのだ。
プロジェクトを率いてきた戸田さんは「人が座る製品だけに、耐久性や強度面と美しいフォルムの折り合いをつけるのがとても難しかった」と、当時を振り返る。
数々の苦労は、ダイニングチェアなどで培ってきた“老舗家具メーカーだからこそ成し得たものだった”ともいえるだろう。
現在は国内30店舗以上のキャンプ用品専門店で「イキキ」製品がは取り扱われている。
次は袖机やゴミ箱などの製品化を進めており、経験豊富なベテランキャンパーの意見を聴きながら、長く愛着を持って使い続けられるような木製品の開発を目指しているそうだ。
「イキキ」の次なるプロジェクトに期待しているファンは決して少なくない。今後の製品にも是非注目をしていきたい。
【グランドチェアの試作品】
▲左から現在のものよりずんぐりしてシートが2つに別れている最初期のモックアップ。一般的な家具用金具を使用しており、比較するとかなり重い。▲専用の金具をデザインし30%ほど軽量化した2回目のモックアップ。背もたれがピンで固定する単純な構造のため、強度面で不完全。強度の課題解決に半年以上を費やした。▲背もたれを筒状の専用金具で固定することで強度を確保した3回目のモックアップ。組み立てたままで背を持つと抜けてしまう課題が残った。アームの形も変更。▲ほぼ現在のものに近づいた4回目のモックアップ。背もたれの固定を独自にデザインしたスライド式の金具に変更して強度を高め、外れないようになる。気持ちよく組み立てできる最終の微調整を行い現在の形に。
CONTACT|IKIKI(イキキ)
WEB|https://ikiki.jp
PHOTO|KAZUTOSHI AKIMOTO
TEXT|KAZUTOSHI AKIMOTO
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